MYAXISTYLE

Blog Archive

  • Photo by©yasushi kurihara (triplet studio.inc)

  • Photo by©yasushi kurihara (triplet studio.inc)

  • Photo by©yasushi kurihara (triplet studio.inc)

  • Photo by©yasushi kurihara (triplet studio.inc)

  • Photo by©yasushi kurihara (triplet studio.inc)

  • Photo by©yasushi kurihara (triplet studio.inc)

MYAXISTYLE Miho Kawahito

  • Instagram

MYAXISTYLE Miho Kawahito

  • Instagram

Blog

R.I.P. for My Grandpa

December 15, 2015

R.I.P. for My Grandpaの写真

母が30年前に祖父から贈られた大切に使っていたエルメスのスカーフが

風に吹かれ、なくなってしまいました。

その3日後長らく入院していた静岡の祖父の容態が悪くなり、

天に召されてしまいました。

私は容態変化の知らせを受けた翌日にアメリカを発ちましたが、

成田空港に着いた頃には間に合わず、愛する祖父の最後を看取ることができませんでした。

______________________

昭和4年5月25日生まれ、享年87歳。

魚の病理学の研究者であり大学の教授だった祖父。

20151212_073110841_iOS

厳格で頑固一徹、母が若いころは門限が近づくと玄関で仁王立ちをしていた、

まさに昭和の雷親父そのもの。

お酒が大好きで酔っぱらうと、真っ赤な顔をして母校の校歌を歌っていた。

鬼瓦のような厳めしい顔で、口答えを許さない祖父は怖くもあったけれど、

私たちが休みを利用して会いに行くと、

よく来たなア!と言ってプールや川遊び、

祖父が学生のころから通っているレストラン、

近所のおもちゃ屋さんに連れ出してくれ、

休みが終わり帰るときは姿が見えなくなるまで手を振ってくれる。

そんな祖父からは確かな深い愛情を感じていた。

私が幼かった頃も祖父に対する感情は“大好きなじいじ”と“おっかないじいじ”

という天秤の上で揺れていた記憶があるが、

その秤はもちろん圧倒的に前者に傾いていた。

 

20151210_092042000_iOS

20151210_092105000_iOS

 

英語とロシア語が話せ、海外渡航も多かった祖父が、

天井までつく本棚にぎっしりと本が詰められた、

ほこりと祖父の匂いがこもった小さな書斎で

見せてくれるものや、話してくれる世界は

私たち孫にとってはどんな分厚い冒険物語よりもリアルで面白く、

祖父の海外土産は本格的でセンスに溢れ、

いつか自分を冒険に誘ってくれる招待状のような、

まだ見ぬ広い世界への切符のような、そんなものばかりだった。

20151020_043616578_iOS(祖父の書斎にあった、趣味のカメラやサーベル、

ロシア語で書かれたノート。

教え子が書いた似顔絵から当時の厳めしい顔が思い浮かべられる)

 

祖父が亡くなった今、悲しいけれど後悔は少ないと思う。

元気だった頃から、よく電話をしたり手紙を書いていた。

どうしても単調になりがちなお年寄りの生活に、

少しでもトキメキやあったかさを感じてほしくて、

祖父母に対する感謝や尊敬の気持ちを自分の近況に添えて書いていた。

ずっと祖父から返事が来ることはなかったけれど、

返信用ハガキを同封し送り続けていると、ある日返事が来た。

その時のうれしさは今でも覚えている。

祖母が書いた手紙の行間に、競うように赤いペンで書き足されていた。

お陰で、はがきは黒と赤の文字でぎゅうぎゅうだった。

きっと祖母が書いた後に、“俺も書くっ!貸せっ”といって書いたのだろう。

負けず嫌いの祖父の姿が思い浮かび心が温まった。

電話も祖父からかけてくれることは一度もなかったが、

自分を特集してもらった雑誌を送ると、携帯に電話がかかってきた。

初めてのことだった。

祖母に代わっては、“変われ!貸せ!”と言ってまた変わる。

そんなことを何回もした。よほど喜んでくれていたのだろう。

その2日後に祖父は倒れ入院し、意識もほとんどなくもう話すことはできなくなってしまったけれど、

この二つの思い出が私の気持ちを後悔から少し救ってくれた。

 

手紙に書いた、祖父への気持ちは伝わっていただろうか。

祖父母と孫、遺伝子的には少し離れているが

私は確かに祖父母から受け継いでいるものを感じる。

遺伝子もそうだが、

祖父が聞かせてくれた話や見せてくれたものが与えた影響は大きく、

今の自分があるのはそのおかげだと思う。

手紙にはそんなことも書いていたのだけど。

 

祖父が亡くなり、若かった頃の写真を初めて見た。

今の自分より若い祖父の照れたように笑う顔、おどけた顔、

祖母の肩に手をまわして微笑む顔。

どれも未来への希望に溢れていた。

なんだか愛おしかった。

あなたの遠い未来には、子供がいて、孫がいて、

あなたのことをとても慕い、誇りに思い、深く愛しているんだよ、

と心の中で語りかけた。

20151212_072945957_iOS

20151212_072802311_iOS

 

人は生涯を通してひとつの歴史を作るのだと思う。

安らかな顔をして眠る祖父は、86年前に産声をあげ、

現代に比べ決して豊かではない時代の中で成長し、

祖母と結ばれ、仕事に没頭し、家族を作り、孫までできた。

立派な、分厚い歴史だと思う。

祖父の安らかに眠る顔を見ながら、尊敬の念を抱いた。

 

私も、自分の歴史を築いていこうと思う。

祖父との思い出の日々、そしてこの日をその1ページに記して。

 

父が言っていた。

人にははじまりとおわりがある。

どういう終わり方をするのが大事なのではなくて、

何をあとに残すかが大事なんだよ、と。

祖父が残したものは目に見えるものや、子孫だけではない。

祖父との温かい思い出や、

この悲しみを通して祖父から教えてもらったことは確かな遺産だ。

 

もっと、祖父と会いたかった、話したかった、

祖父のことをもっと知りたかった。

色々御託を並べてみても、やはり寂しい想いはぬぐえない。

でも、またきっと、いつか会える日まで。

天国で家族や友達とお酒を飲んで、

その鬼瓦のような顔を真っ赤にした祖父に会えるのを楽しみにしています。

20151210_092310000_iOS

MIHO.K

 

Blog Archive

Instagram

おすすめ記事